阿呆録 過去帳 2004年 7月〜9月

 

■3ヶ月分ごとに一枚のファイルにまとめてあります。下に行くほど古い日付のものになります。
 古い日誌からのリンクには切れているものがあるかもしれません。

■あらすじ:7月…神の選挙カー、恐怖とは何か、民主党大会など。
      8月…発電所、にせブログ、オリムピック観戦記など。
      9月…満月祭、指輪を捨てる旅

-7月の頭へ  -8月の頭へ  -9月の頭へ

 

2004年9月28日(火)

チルソン号のように座礁し、更に海底深く沈み、タイヤチップにまみれ長い長い腐蝕の過程をまどろみながら、もの思いするのであります。旅の進まない沈殿の日。

ニコチンガムは不思議なブツです。紙巻き一箱分を一時間で消費したら真っ青になって昏倒です。同じニコチン量 を同じ時間で、ガムで取っても何ともない。紙巻きには悪いおまけがいかに多いかという話かもしれません。ガムの効きはマイルドで、まあ満足します。ニコチンが来たけど息苦しくならない。禁煙したい一番の理由が日常的な呼吸困難であった身としてはいい感じ。何より良いのは煙が出ないこと。嗅覚が復活してきているので、煙が耐え難くなっています。パチンコ屋の前を通 るとドアが閉まっていてさえ漂う強烈な臭いにもうびっくりですよ。

ニコガムは、ただ、気管に行かない代わりに食道の方へニコ汁が流れ落ちる。口腔衛生にも明らかに良くないっぽい。どうしてもまとめ取りになる(一粒2mg)ので摂取量 としては紙巻き時代より上がっちゃったんじゃないかと思うんですよ。依存が強くなっているのではないかという危惧はあります。さうではあれ、同じニコチン依存ならガムに乗り換えてもいい、かもしれない。とにかく第一に、もう煙を吸っちゃいかん。ニコ断ちはその次ぎに考えよう。…不安。

 

2004年9月27日(月)

耐えきれず喫煙。疲れた。耐えきれず喫煙したからと云って「禁煙が失敗した」などと金輪際考えないことにする。いちいち自己嫌悪に陥り世の中が0か1かになって、一元論的原理主義者と背教者という自虐の一人二役を始めないことにする。だが「しないことにする」で何でも成就すればとっくに非喫煙者だ。実際人は0か1かで判断される場合もあり、弱虫もしくはうそつきといった汚名に甘んじねばならぬ 時がある。ポジティブに捉えすぎても良くない。これは指輪を捨てる旅なんです。今日倒れても明日起きあがれ。歩き続けろ。

とはいえ正直、泣きそうですよ。

緊急脳内会議。ロマノフ朝成立を急がない方向で考え直し、民には苦労をかけるがニコレットを導入しました。喫煙に伴うタールや一酸化炭素など余計なおまけ抜きで、本当に欲しいニコチンだけを摂取できるという夢のアイテム。ただし肺からではなく口の粘膜から摂取するので効きが遅い。あのガツン!という感じはない。40分程で薬効が体感できたけど、私が欲しいのはこれじゃないんだなとも諒解した。ニコチンは真の目的かもしれない。が、そこまでのプロセスも楽しかったのだ。喫煙という行為が好きだったのだ。

 

2004年9月26日(日)

ゆんべ久しぶりにライヴなるものに行ってきた。クラブチッタでTHRASH DOMINATION '04。FLOTSAM AND JETSAM/DEATH ANGEL/OVERKILL という80年代に起源を持つ米国の3バンドが出ましたよ。本当はもう一つTESTAMENTが出るはずだったがキャンセルになり誠に残念、しかし食い足りなさを感ずることなく堪能してまいりました。楽しかった。

ライヴの醍醐味はリアルタイムで音楽の発生を感じられることでしょうか。演奏を聴くだけでなく見ることもでき、振動も響くし、相乗的な反応を返す人々が周りにいる。全身むらなく五感に訴える。CDやビデオ映像と比べて情報量 がベラボウに多い。多いから良いってことにはならずむしろ悪かったりしたら最悪なんだけど、良かった場合は全く素晴らしいという逆引きの構図なんですよ。何書いてんだか。

それにしても私の好きな米国のバンドもいろいろあるし、尊敬する米国人もいろいろいるし、「これだから米国人は…」みたいに一纏めにしないようにしなきゃな。などと今さら作文みたいなエンディングで、ニコチンが足らんきに。

 

2004年9月24日(金)

指輪を捨てる旅が続く。

喫煙癖とはニコチンに依存したシステムが脳内に成立することであり、そこではアセチルコリン用のレセプターにニコチンが付いて神経伝達物質の役を担っている。さういう話ですと。僭称者が玉 座についている、ロシヤで云えばリューリック朝断絶後の動乱時代みたいな状態なんですね。私の脳に偽ディミートリイがいる。これを駆逐するとドーパミンが出なくなる。我慢していればそのうち正当な継承者であるアセチルコリンが戻ってきて、ロマノフ朝が成立するらしいのですけど。

煙草を吸う行為がしたいのか、ドーパミン不足で憂鬱なのか、何だかよく分からないときがある。ニコチンさえ入れればそれで満足するのか、ドーパミンさえ出ればいいのか、そもそも「全く喫煙をしない状態」を続ける意味が分からなくなってきたりすると本格的に辛い。

 

2004年9月23日(木)

ノドン発射の兆候が見られるというニュース有。「発射の兆候が見られる」とは何か。「噴火の兆候が見られる」的な、まるで自然現象のようだ。そのように明日をも知れぬ 身の上になってなお、喫煙問題に苦心惨憺とかまけている私です。1日10本程度の煙草で過ごすという状態が定着して、以前一箱半も消費していたことが今やウソみたい。

一方でその10本は1本毎に愛おしく、煙草ってこんなに短かったかなぁと惜しみながら必死で深々と吸い込んでいるため、案外ニコチン摂取量 はそんなに変わっていないのかもしれない。これ以下に本数を減らしても半端に苦しいだけのようだし、ちっと考えどころかも。

ということで本日13:30より喫煙を停止してみました。始めのうち強かった心理的焦燥感も4時間ほどで一段落。現在11時間経過、そろそろイントロは終わってここら辺から激しいリフの応酬に突入してまいります。

 

2004年9月21日(火) 2

「お手柄70歳 自転車で5キロ窃盗男追跡、通報」

 サイレントアサッシン。

 

2004年9月21日(火) 1

小学生の4割が天動説を信じている事実が判明したという。調査したのは国立天文台の先生と小学校教諭らで、思わずショッキングな顔になり、小学校で地球の自転公転といった天文基礎知識を教えないからであると、おそらく国家存亡の危機感を募らせておられるのだ。

天動説を信じている。これはでも、いい響きですね。「信じている」という表現に素敵な齟齬がある。日はなぜ昇りまた沈むのか選びなさいと、選択問題があったとします。ある解答を、信じているから選んだのか。単なる知識の欠落で選んだのか。ちっと異なるような気がしませんか。いにしへの祭祀に集う子どもらは白き衣で贄(にえ)を追いつつ。一首詠んじゃいましたよ。信じる子どもたちはプリミチブで輝かしい太陽の司祭であります。こんな子どもたちがいる限りは日本国も安泰だ。

でもボクはこわいんだ、太陽が、森が、バカのまま大人になってしまうことが。むろんバカのまま大人にならなくてもいいんですよ。一方で天動説に似た非汎用性真実は世に溢れるほどあります。これは別 腹です。腹一杯事実と知識を詰め込んだあとでも、楽しめるものなのです。

■幻聴北紀行■ 近ごろ採取のCDなどより。万死に値する幻聴感想文


NOKTURNAL MORTUM:Нехристь(NeChrist)[99/04]fromウクライナ
過去の作品をいくつか再発したみたいでうれしいですよ。ジャケットもリニューアルだそうで、バンドロゴも複雑なトライバル柄の入ったものになってます。全く、読めません。

中身でありますが、以前聞いた"Goat horns"みたいな大上段の濃い泣き&鍵盤全開の世界が無いよ。泣きとか鍵盤(相変わらず2人いる)は凶悪激走楽曲の中で一歩引いた威力を発揮してこれもまた良しと思えます。民族音楽濃度は高くなっており、時折現れる民族楽器などを用いた祝祭的メロデーが大いにイカス。それぞれの要素が絶妙に合わさった音楽性は大変魅力的であります。

一方で思想的な側面には辟易。思想がイカンのでバンド自体もダメであるとか、逆に思想は全く関係ないとか、どちら方向にせよ簡単には割り切らんので困った話です。しかし思想の先鋭化がこの凶悪なカッコ良さにつながっているのかもしれんなぁ。あきらめきれないバンドNOKTURNAL MORTUM。これからも聴いてしまう可能性はたぶん100%。

 

2004年9月20日(月)

野球を見る習慣が絶無の家庭に育ったため、野球が総じて分かりません。因みにラグビーを見る習慣はある家庭でしたが、ラグビーも総じて分かりません。なんだよ。

社会に出てみれば本気の野球ファンがいかに多いことか。世は野球であり野球という概念のグリッドに沿ってものごとは配置されています。日常であり祭りであり、体と魂の遊びにして学びの場である、この野球の中で世界は幸福な循環を続けているかのようです。ようでした。実は見えないところで赤字という不幸の実が育っていたとかで、球団合併宣言から大揉めそして選手ストに至るという俄に嵐の様相であります。

おののく民衆はやがて正義のたたかいへと燃え立った。武器を取ってあの旗を撃て!全国では日々一万人規模のデモ行進が続き、ボイコット&サボタージュ後を絶たず、いまや経済活動も断絶して薄暗い街を照らすのは焚書される読売新聞の灯りばかり、足元には餓死者が転がり通 りには怒りの叫びがこだまする。地獄です。と、なるのかと思ったんですが、みなさん静観しているというか意外におとなしい。むろん心中穏やかならずでしょうが。

そこで「待てーい!」のおらび声があり、白いギターを背に黄金の鎧で現れた39歳社長が2Pなわけです。盾を見ると紋章がいいかげんだけど平民出身だから。生きたドアとか仮想商店街の絵が描いてある。で元老議会はそういう奴らのお節介が大嫌いなんですよ。とはいえ今はラグナロクだから、救世主然として見える二人もいずれがフェンリルかヨルムンガンドか、古い世界の安寧を破壊しに来た刷新者なのかもしれない。

何だかもう。

 

2004年9月15日(水)

京都の鞍馬山で行われるという満月祭に参加した話を聞いていたんです。

19時を合図に、鞍馬山とインドネシアのジャカルタで同時に読経が始まる。満月祭の晩はどんなに天気が悪くても経が読まれれば必ず晴れると云う。厚かった雲が実際に流れ去ると、そこに巨大な満月が姿を現した。「その満月の光の下にね、…知ってる?『またたび』がいっぱい飛んでるのよ!」

 

その時私の脳裏に浮かんだ光景を想像できるだろうか。

 

「それ『むささび』じゃないっすか」

誰かの指摘により、恍惚と疑問の狭間に歪んでいた一同の頬筋が、痙攣的に膨張した。だが私は忘れない。あの時脳の暗がりで確かに見た月下の光景を。夜空を埋め尽くさんばかりに飛んでいく、またたびの煌めきを。

 

2004年9月14日(火)

限りなく喫煙量を減らすか喫煙習慣を消滅させる方向に動いているはず、です。

 

現役喫煙者が元喫煙者の言動に対し時に寂しい気分になるのは、そこに思想的転向をもはっきり見るからだろうか。私は何の価値もないどころか人民にとって非常に有害な社会制度に甘んじてきた、しかしそれらの間違いと反革命性が今やはっきりと分かる、むしろその中にいた時からそれは明白だったのだ、とこうだ。「こちらの世界は正しい。真の自由がある。いいことだらけだ」それを疑うわけではない。確かに共和国の政治体制には弁護の余地がない。だから私だって脱北したいのだ。

だが資本主義が君の正義なのか?こちらの世界には一つの良いこともなかったのか?政治云々を措いて、日常レヴェルでは時に笑顔もあったとさえ云えない事情も分かる。そう、君の云うことはひどく政治的だ。時に道徳上の断罪だ。環境の違いへの認識以上のことだ。かつてショウビズネスの世界で虚栄の篝火を堪能しながらキリスト教聖霊派に突如転向した元歌手の言い様という響きがなくもないじゃないか。起きたことはほぼ正反対だというのに、で何の話でしたっけ。

 

反禁煙アクチビストのような文章になってますが、誰か何かに対する当てこすりじゃござんせん。私だって脱北したい、脱北したいんですから。ゴーダウンモーゼス。行ってファラオに伝えよ、我が民を行かせるようにと(黒人霊歌)。

 

2004年9月12日(日)

むろん今は私の微々たる煙の増減より北朝鮮のきのこ雲がはるかに重大問題ですが、そら見ろ禁煙できてません。あっという間の下方修正でせめて本数を減額。一日10本程度を10時間程度かけて消費しながら、心身における喫煙への欲求や喫煙中の反応を観察しております。

ただ苦しい、じゃニコチンを上げられませんね。どういう肉体的心理的状態なのかレポートしなさい。煙草をのむ際は仕事も中断。集中してどのような変化が起きるのか見ておきなさい。というようなことを自分に命じるのであります。

心理的な欲求は侮れんのです。ニコチンへの肉体的な欲求は実は小さいみたいなのですが、それが不安な気持ちを凶暴化させて「煙草がないと何も出来ない」という軽いパニックへ導く場合もあります。気持ちを満たすちゅうのは大事なんですね。消費社会の原動力ですよ。心が満たされていないとほんたうの幸せはつかめないっていうでしょ。そうやってニーズを作るんです。

もとい。私が禁煙云々を考えるようになったのはしかし肉体的な不具合が原因で、それらが改善されるなら完全禁煙じゃなくてもいいのかなと考えたりもします。とは申せ一日10本は今までの三分の一という消費量 でありながら三日ぐらいですんなり慣れた。ということは困らないだけのニコチンはまだ摂取できているということでしょう。それが証拠に体調はあんまり回復していない。虻蜂取れない。というか虻も蜂もいらんのよ。

 

2004年9月7日(火)

ホウキを握ったオバケに追いかけられる夢を見て目が覚めたら唇が傷だらけ。そんなにあわてるな自分よ。そんなに力一杯眠るな。つうかこいつもうすぐ死にますよ。

ロシヤの新聞「プラウダ」インタネット版によると、ロシヤのある街ではホラー映画を見て客が笑っているのだとか。それも一人二人ではなく皆が。酔っているわけでもなく。心理学者はそれを防衛の反応だと分析しましたよ。恐怖している自分を認めたくない、恐れることを恐れている心理の現れだと。日常生活には恐ろしいことが沢山あるので、映画の中ではそれを軽々なものとして笑い飛ばしたい。ということなんだそうです。

日本でも近ごろやたらと笑う。さう思いませんか。特に可笑しくない場面でも、不快や不安を感じて良い場面 でも笑う。それも私の主観を通して見たことなので、笑うことに何の不思議もないのかもしれんですが。あらゆる感覚を笑いに結びつけてみる遊びなのかもしれない。笑えると云ふことは当事者でないという確認かもしれない。笑うと脳に汁が出て、体が楽になる。そういう大量 投与が必要なだけなのかもしれない。

■http://origamiunderground.com/ プラウダに紹介されてた成人向けサイトです。と言っても紙の画像があるばかりですが。阿呆な事でも一生懸命やれば形になって感銘を呼ぶという素晴らしい証明。

 

2004年9月6日(月)

昨日の地震二連発は東京でもそれなりに揺れたというのに全く気がつきませんでした。 こいつもうすぐ死ぬね。

もうすぐということはなけれども、このまま喫煙を続けるとあと10年で死ぬと思う。ちょっと良くない状態かもしれません。カートンで買った煙草の箱があと2つ半残っていますので、全部吸ったら禁煙しますよ。と云う奴が禁煙できた試しはない。知ってます。経験上知ってます。体感的に。知っているんです。

喫煙者は不道徳であるとされます。個人的には個人の健康を損なう不潔な習慣を持っており、社会的には他者に害を及ぼし自ら病気になることで医療体制の不安定化をもたらすのです。我々はおおっぴらに非難されてよい存在であり、害虫のように隔離されるのであり、能力的にも人格的にも劣っていると疑われます。

こうした緋文字の元に生きる仲間として、私だって出来れば一生喫煙者の側に居たい。公共施設の薄暗い片隅や蒸し暑いガラスの小屋で、殺伐と目配せを交わしながら運命を共有したい。だが、残念ながらもうニコチンに耐えられない。脱落したとしても許して欲しい。例え禁煙に成功したとしても、心はいつまでも喫煙者だ。かつての仲間を罵倒したりはしない。約束しますよ。

 

2004年9月3日(金)

「大」事件とまでいかなくともテロの話とプーチンの強権が発動した話がかなり交互に聞こえてくる隣国のハードな日常。旅客機爆破、チェチェン大統領選挙、モスクワで自爆、学校占拠、という時間軸。えらいことですよ。銃撃戦の続く校内をどっかの記者が覗いて体育館に死体が沢山あると云っています。大惨事の可能性。

米国共和党大会 in 紐育をちょっと見ました。暗転した会場の巨大スクリーンでは「ブッチュ大統領と9.11」といった内容の美しくも悲しいスライドショーが続き、厳粛な雰囲気が充満した頃それが画面 一杯の星条旗に変わります。その真ん中からブッチュ大統領が登場するとその歩みにつれ、太陽が現れたかのように会場が明るくなる。いつになくなめらかな超強気の戦う米国宣言。大盛り上がりです。

「ブッチュは、ほんとはバカじゃない!」という特集を先日夜のニュースで見たんです。七光りと宗教つながりだけで大統領になれるほど米国は甘くない。ブッチュは強者揃いのブレーン軍団を見事に指揮し、彼らも大統領を敬慕している。重要な法案も次々通 してる。本当はアタマいいんだ。そんな話で、「いや、そんなことわかってますよ当然」とでも云うのが大人でしょうけど正直、目からウロコ(米粒大)が落ちました。さうですかー。

華やかな共和党大会の米国と凄惨なロシヤ。対照的ではあります。圧迫と衝突が国外にあるか国内にあるか。

 

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2004年8月31日(火)

ちょい古ニュースだけどオリムピック報道の影で、持田製薬(持ち出せ医薬と変換したよ)が尖圭コンジローマ相談窓口を設けたのね。その電話窓口が「イボンヌコール」、携帯メール受付が「イボイボメール」という名称なの。全く関係ないけど昔CARCASSというバンドが居て、日本盤が出た際「イボイボ尿道声明」って邦題の曲があったんよ。たぶん度の過ぎた直訳で、元のタイトルも大体そんなもんと思って良いですよ。それはともかく尖圭コンジローマはほっとくと本当にやばいみたいなんで、イボイボ尿道声明が聞こえたら迷わずイボンヌコールしろってことなんです。

 

ゆうべは帰宅30秒後に叩き付けるような雨となった。台風は16号。

 

2004年8月30日(月)

ハンマー投げは、そういえばハンマー投げてないよな。

報道にて「いかに他人の尿を自らのもののように放出するかの工夫」について紹介されています。遺伝子ドーピングの可能性が取りざたされる昨今にあっての、恐るべきローテクの数々。健康で風邪薬やおかしなサプリメントを飲んだりしない、プレーンでまっさらな尿を提供してくれる人物も必要だ。尿ビズネスの気配がするな。

繰り上げ合格の室伏にしてもせっかくの表彰台を他人の尿に流されたわけだからあんまり笑顔がない。んが、五輪メダルの裏に書いてあるという「真実の母オリンピアよ…」という古代のポエムを手書きで披露。公正な競技者と公正な審判の必要性を訴え漠然とええ話に変わるのだった。アテナ女神に葉っぱの冠を授けられる室伏をブグローっぽいタッチで15秒間強く想像。

五輪でドーピングがなぜいかんのかというと規則違反だからで、理由としてはそれが唯一最大のものだと思われます。その他のことは「体に悪い」「ずるい」という道徳上の話じゃないでしょうか。もしドーピング可の世界選手権があったら?記録は全般 に高いけれど、劇画的な超絶能力というわけでもないんでしょうね。そこにいる選手たちは素質に恵まれ、限界まで鍛え上げ、節制し、そして最後の半歩を出すためと信じて求道的なドーピングを続けてきたような連中なんでしょう、たぶん。

 

2004年8月28日(土)

シンクロ疲れです。
ロシヤに勝てないなあ。シドニーの時も寒気がするほど素晴らしい演技をキメたのにロシヤに負け、今回もロシヤを倒すためだけに死ぬ 気でやって参りましたが負けました。ロシヤチームは途中でBGMが止まってやり直しになるという最悪のトラブルに見舞われながら10点満点。これは真のチャンピヨンですよ。文句ございません。

文句ございませんが、観客を沸かせたチームが必ずしも高得点かというとそうでもないな。観客インプレッションは点数に入らない。客と審判員は見ているところが違っている。そして採点する権威は審判員が持っているのです。技術力や同調性を専門家が見るちゅうのはわかるんですけど「アーティスティック・インプレッション」てあるじゃないですか、芸術点ですか。あれはある程度個々の審判の主観によるんですかね。

西洋的な演目で勝負しても東洋人ということで端からビハインドだろうし、なら日本文化を演じようと、日本以外の方々に向けて噛みくだいた表現でやると、これでいいと思うんですよ。さりながらそうした「和風」の「和」ちゅうコアの部分が、西洋文化圏(東欧の人もいたけど)の審判員に理解されにくいってことはあったりしませんかね。文句ございませんが、芸術点の謎なんですね。

 

2004年8月24日(火)

神取忍:「驚いたね、京子が負けちまったよ」

叫び盗まれたよ。ムンクの「叫び」を初めて見たのは印刷物の上で、私は小学生だった。ムンクについての文章や解説で何度も出てくる「フィヨルド」という言葉が何となく不安で怖かった。「叫び」にはいろんなバージョンがあり、油絵版についても保存用、展示用、貸し出し用って感じで美術館も使い分けていたらしい。「マドンナ」も一緒に盗まれた。あの絵はすてきだ。

京子の方ですが、三位に入った時の憑き物が落ちたような表情に不思議な感銘を覚えましたよ。菩薩のような顔になったんですよね。仏教説話を見たような。

 

2004年8月23日(月)

女子マラソンの解説者・増田明美さんといえば、童女のような声音で精緻な技術解説を繰り広げ、視聴者を夢のマラソントランスに導く傑出したシャーマンとして知られている。アテネのそれもマラトンの丘、そんな出発点から時空を超えて展開するレースにはしかし、増田導師のガイドがない。その上実況アナまでお言葉さわやかならず、映像も今ひとつぬ るいと来れば端から憤懣やるかたない。そんなことはレース上どうでもよいのでありますが、晴れ舞台だから中継職人の熟練技も楽しみたいものなんです。

坂道のキツさと暑さで下呂を出しつつ脱落していく世界強豪のみなさん。記録保持者のラドクリフも途中で泣きながらストップ。そんな中で野口の優勝はもちろん全員7位 以内に入ってる日本選手もたいしたもんなんだけど、いつの間にかやって来て銅メダルを取った米国の選手は実のところ凄かったんじゃないかと思ったりです。それにしても体脂肪率7%なんだと。死ぬ 数字ですよ。

有森祐子の語りはどっか世間の律動から外れているが、ついこの前まで選手だった人ならではの指摘の数々がなんだか生々しかったな。

 

2004年8月22日(日)


それで、快速に乗って高尾に逃げました。
ビバ低山。都内とは思えんね。川のせせらぎが聞こえなくなっていく時のしーんとした感じ、ちょっと開けたところに出たときの空気感の広がりはほんと最高です。

今回のぼったのは「びわ滝コース」という道で、右上の写真が「びわ滝」周辺の森です。滝は修験者が修行する場所とかでそこにあったお堂からお経のようなものが聞こえていました。

高尾山は天狗で有名(?)なので、山腹にあるお寺にも上のような天狗の面 や像などがいろいろ置いてあります。ちょっと標高の高いところに行くと下界モードのUVブロックが効かないらしく、てきめんにかぶれてしまうのが辛いところ。

山道で寄ってくるでっかい蜂も怖かった。寄ってくる蜂は斥候の可能性があり、振り払うとスウォームに襲われる場合もあるらしいので、頼むから刺さないでくれと願いつつそっと歩み去るのでした。

 

2004.8.22.[Sun]                posted 2:11am

さう云うわけで終了します。

 

2004.8.22.[Sun]                posted 2:02am

にせブログ飽きてきた。

と申しますか、そもそもブログとはこういうもんじゃないと。一日一度の日誌だけじゃない、リアルタイムで、そしてむしろ情報を、それへの反応を、展開を、みんなで共有しましょうと云うことなんですよねあれはきっと。ただ五月雨式に文章をアップすりやいいってもんでないよ自分。

そも、私はモバイルも持っていませんし、携帯電話だって生まれてこの方持ったことがない(本当)。新聞も取ってない。雑誌も読んでない。ウェッブサイトはあるけれど更新が遅い。情報に対してあんまりやる気がないと云えるかもしれない。ならばブログを持たないこともこれ当然の帰結なのだ。

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ぺり公:「なのだ」って云われてもな。
ぺり公:OSのアップグレードもしてないしな。これはそろそろやらないかんかも。
ぺり公:自分コメントも飽きてきた。というか自分が気持ち悪くなってきた。

 

2004.8.22.[Sun]                posted 1:16am

先日朝っぱらから電話の鳴き声で(注・当家の電話は鳥の鳴き声に設定してある)叩き起こされ何事かと出てみれば、年輩の上品な婦人の声で水道についてアンケートに答えてくれと仰るんですよ。半起きのスキだらけな状態。目の前のめんどくさいことを早く終わらせようという反応が起き、ついつい返答したんだね。どこの組織だかもよくわかんない相手に。アンケートの内容は水の味はどうか、錆は出ないかというどうでもいいことだったと記憶する。

でだ。今朝また電話の鳴き声で起きてみると、先日アンケートにご協力いただいてありがとうございます!とか云うわけよ。今度は若い女の声で。「『とても感じのよいコメント』と担当者が書いておりまして!」「つきましては、粗品と申しては何ですが、使い捨ての浄水器を差し上げますので!」「いえ郵送ではなくお宅までお伺いさせていただきますので!」来るな。浄水器持ってくるな。こちとら、生まれたときから東京産の水道水をぐいぐい飲んで育ってきたってんだ。今じゃ流れる涙もトリハロメタンだっつんだ。カルキ上等だ!おととい来やがってください。

という文面ではありませんがローテンションで丁重にお断り申し上げました。鴨のオーロラは電話回線を通 しても認識可能ということらしいです。

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ぺり公:今日は外出の際、手相ハンターにつかまりそうでしたよ。
ぺり公:鴨オーラは媒体に関係なく送信できる魔法のエネルギーです。

 

2004.8.22.[Sun]                posted 0:24am

↓0時過ぎたらSundayだろうがよ。この辺、手動の良いところですね。時計は私のMac時間なので、現実との齟齬の分だけずれています。

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ぺり公:別に酔ってません。

 

2004.8.21.[Sat]                posted 0:15am

中央線のホームで「快速高尾行きが参ります」とか云われると何もかも投げ捨てて乗ってしまいたくなる。真のへたれは現実逃避も知っている範囲内でのみ発生するということ。

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ぺり公:総武線に乗って幕張に行く可能性もあります。

 

2004.8.21 [Sat]                posted 11:40pm

23日まで夏体みになりました。いざ体みになってみると意外と疲労のチクセキみたいなものを感じたりします。はぁはぁ。

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ぺり公:にせブログにしてみたよ。

 

2004年8月18日(水)

なぜ日誌をためるかというと、夜に書いたらアップの前についつい寝てしまうのよ。すると翌日の深夜まで時間がないんですよ。深夜になり日誌を書いたらやっぱり寝てしまうのよ。

先日の体操男子団体がおもしろかったので今朝の女子も見たところ、アクロバチックな演技に驚愕しつつその独特な世界にしびれた。女子には若いというよりむしろ幼い感じの選手がけっこういるんです。チームもちっちゃいのとお姉さんとの混成で出来ています。混成の度合いはチームごとの違いがあり、ロシヤはお姉さん軍団でルーマニヤはちっちゃいのが多い。

このちっちゃいのがキラキラのコスチュームで妖精のようにヒラリひらりと舞うのでありますが、よく見ると濃いお化粧の下には緊張にこわばった幼い顔。時には笑顔一つない必死の演技であり、それでも足元がふらついていたり、平行棒をつかむ手がやたら小さかったり、もの凄い顔で歯を食いしばっていたり。そんな子がバタッと棒から落ちたりするんですから何とも残酷物語なんですよ。

そんな儚げな彼女たちもひとたび控えに戻ると、どっかりと椅子に掛け、ジャージを羽織って仁王立ち。熟練工のような表情に妙な迫力があります。何の夢も見ずにただ目標だけをむしり取って来た、そんな顔なんです。さうした映像を見てしまうと何やら曲馬団の幕の裏を見てしまったような、わけのわからないばつの悪さを覚える私なのであります。

2004年8月17日(火)

アップロードするだけなのに何で日誌をためるかね。

体操王国とは、ヒマラヤのふところに消えたムスタンやシッキムのように、歴史が飲み込んだ幻の仏教王国と云われていました。それが今朝のこと、28年ぶりにルルイエの如く急浮上。アテネ五輪体操・男子団体決勝。私も浮上の瞬間を見た!…録画放送でしたが。だが熱かった!

体操団体は6人編成のチームが、1種目ごと3人の演技でもって全部で6種目行い、合計得点が一番高いチームが優勝になります。床、鞍馬、吊り輪、跳馬、平行棒、そして鉄棒の順だったと思う。長いんですよ競技時間が。徐々に得点が加算され、じわじわと盛り上がりが来る一方、一つのミス一人の失敗がチームの後退につながるため、緊張感もずっと続くんであります。どこも実力者なので失敗したチームから落ちていくという地獄絵図なのだ。

さうした中、日本チームは7位スタートから吊り輪で大爆発。ライバルたちが脱落していく緊迫感MAXの最後の種目で、遂に逆転チャンスが来るという劇的な展開でありました。文字通 りの離れわざを決めた最終演技者の着地でNHKのアナも「栄光への架橋だ〜」と自局五輪番組のテーマ曲名をちゃっかり入れながら絶叫。解説の人は泣き始め、私も鳥肌に包まれながらカタルシスを噛みしめたのでした。おもしろかった。体操を見て泣きそうになるとは私も初のことであります。

 

2004年8月16日(月)

そんなやすくにジンジャーに私も行ったことがあるけれどなかなか楽しくない。神社とは来た人をエンターテインするための施設ではないので、楽しくなくて当たり前だ。やすくにには普通 の人も沢山入っていますが、神社には不慮の死を遂げた偉い人を祟らないよう奉った場合も多いと聞きました。

偉い人とは権力のある人の意味なのか。権力は死後も続くのかね。あるいは死んだ偉い人が今も神社で力を発揮するのは、参拝者たちによる何らかのチャージによるのかもしれない。社の中に主はとっくにいなくて、ムチムチにふくらんだ生者の願望を固めた似姿があるばかりかもしれない。いやむしろ死者を眠らせない。無に帰さない。この世に留め置いて世から世へとふくらませ続ける魂のバケツリレー。神社とはこだわりを保存するための設備なのでせうか。

 

2004年8月15日(日)

今日ホームページのねたにするためだけにやすくにに行った者は以下略。

気味が悪いほど涼しい東京、敗戦記念日の涙雨です。やすくにジンジャーに参拝する閣僚が小さく投げやりな話題になり、各方面 ブウイング燃料が注入だ。まぁ参拝も良いんじゃないでしょうかね、敗戦記念日だから。スッポンスッポン(二拍手)。

国家間の政治的争いが戦争になったりすると国民を用いた戦闘になったりします。市街地の破損、国土の荒廃、政治経済の破綻といったことは、日本の場合割と早く回復したようです。しかし哲学的、感情的未解決事項がいっぱい残っている。これらは半減期が相当長い、放射性の負の遺産というように思えます。

戦争を検証しようというときにも、事実の追求が往々にして善悪や精神性の問題にすり替わったり混ざったりすることがあります。感情が揺れ動くのは人として自然なことではあれ、「残虐な皆殺しの爆撃」ではなく、「崇高な理想を胸に飛び立った」話ではなく、データだけを読みたい聞きたいときもあるんです。

 

2004年8月14日(土)

さう云えばウクライナでは、チェルノブイリを見に行こうツアーがあるそうです。まずバスが4号炉前に着きます。だったら怖いですが、実際には住民が避難して廃墟になった町を見て回る内容。いや充分怖い。素人の客を連れ回す観光ツアーとしては楽しくなさ過ぎるように思えます。もちろん行ってみたい。だが今はまだ、私も人生に未練が多すぎるのでして。

「空気に金属のような味がした…」
チェルノブイリとスリーマイル島の経験者はそう云ってるらしいんです。もし観光バスを降りてそんな味がしてごらんよ。あああう。

昨日はお待ちかね13日の金曜日であり、かつオリムピックが開幕しました。セレモニーは生中継を見ず録画放送で選手入場あたりから拝見。聖火点灯の前に空中をスローモーションで走ってきたランナー(に扮したパフォーマー)は誠に凄かったんですね。脚の動きが本当に宙を踏んでいたよ。そして本日は谷亮子が金ですよ。結婚式の時、西陣織の打ち掛けは一世一代・奉納土俵入りの化粧まわしだとか、ケーキ入刀はバットでとか、キャンドルサービスもバットでとか、書いてすいませんでした。貴方すばらしいです。

 

2004年8月10日(火)

>高速増殖炉
などと書いていたら高速増殖炉じゃないけど、関西電力の美浜発電所で蒸気が噴出したと云います。冷却水のパイプが破けると150℃ぐらいの蒸気が出るんだそうです。メンテの準備とかでちょうど作業員が入っていたというタイミング。高温の蒸気で4名があっという間に死亡ですよ。さらに重傷4名。愕然とする恐ろしい話なのであります。ニュースの記事から美浜発電所のホームページに行くと、漫画的キャラクターと化した発電設備が愛想を振りまく寒さが骨身に応えます。

原子力発電に関しては、哲学的なものに至るまで皆の脳内が紛糾していますけど、今そこにあるニーズとコストの数字を解決する上で非常によい、つまり正義たる条件をある程度満たしているという話らしいです。さうですか。そういえばよく知らなかったのでとりあえず関電と東電の発電所について鴻毛よりも軽いリサーチを行ってみました。ホムペに書いてあったのを見ただけ。以下括弧 内は出力で、単位は万キロワットですよ。

■関西電力
◆美浜発電所(福井県)
 1号機(34.0)
 2号機(50.0)
 3号機(82.6)停止中

◆大飯発電所(福井県)
 1号機(117.5)
 2号機(117.5)
 3号機(118.0)停止中
 4号機(118.0)
 ※3号機はなんか漏洩したらしいです。

◆高浜発電所(福井県)
 1号機(82.6)
 2号機(82.6)
 3号機(87.0)
 4号機(87.0)

■東京電力
◆柏崎刈羽発電所(新潟県)
 1号機(110.0)
 2号機(110.0)
 3号機(110.0)
 4号機(110.0)定期検査中
 5号機(110.0)
 6号機(135.6)定期検査中
 7号機(135.6)

◆福島第一発電所(福島県)
 1号機(46.0)定期検査中
 2号機(78.4)
 3号機(78.4)定期検査中
 4号機(78.4)
 5号機(78.4)
 6号機(110.0)定期検査中

◆福島第二発電所(福島県)
 1号機(110.0)
 2号機(110.0)停止中
 3号機(110.0)
 4号機(110.0)定期検査中
 ※2号機はトラブルを起こし点検したらしくもうすぐ運転再開。

東電すげぇ。地獄だな。
原子力発電所は全国で16箇所52基あるということですんで、最近旅行に興味が湧いてきた私としては、何の政治的意図無く全国の原発を見る旅というのをいま思いついてみました。

 

2004年8月9日(月)

期間中、区間中なら何時の列車に乗っても良い。ただし座れるとは限らない。自由席切符にはリスクあるフリーダムの概念が詰まっています。そんな限定付きの自由を握りしめ乗り込んだ新幹線「あさま」はやがて山の見える街に着きました。広々と華やかなJRの駅を出て、不思議なほど暗い地下に降りればクラッシックな特急列車が待っている。きつね色の座席に掛けると列車はトンネルを過ぎて果 樹園のただ中に上って行く。人のようにくねるりんごの樹、べに色の実を付けたネクタリンの樹、ぶどう園、なし園、キウイ畑、そんな合間に風雨の染みた黒い木の駅舎が何度も現れるのです。

「画狂老人卍」と号する男の絵には、岩緑青、硫化砒素、硫化水銀、そして欧州の錬金術師が作ったという魔法の青。毒物と魔術で塗り分けられた巨大な鳥の像が色褪せることなく天井から見下ろしています。八方にらみと云う割にはにやついた鳳凰の体には、松・バナナ・月桂樹が生えているという。長生きするのも大変です。もっと不気味なものは美術館のガラスケースから覗いている。他人事ではない、にんげんだもの(あいだみつを)。

鉱石のように光る蕎麦、おいしい蕎麦湯。滑らかで甘い灰色の蕎麦、店の畑で取れた野菜の天ぷら。栗のアイスクリーム、大吟醸純米生酒。アメリカの塩。もっちりした豚の肉、味の濃い朝採りきのこ、なす味噌および野沢菜のおやき、かまど炊きごはん、おさしみ、海苔のみそ汁、瓜のこうこ、再び栗のアイスクリーム、大吟醸、どうするよこれ。県境を超えて黒部西瓜までが乱入する、これが都合24時間あまりの滞在で私の胃袋に収まった全て(でもない)です。高速増殖炉。お世話になった皆さん、ありがとうございました。

帰りの駅舎で、雨雲と照り輝く高層雲の間に黒い影を現した、神のような妙高山の姿を呆然と眺める。天気は関東平野に入ってさらに悪くなり、ついに新幹線は停電した。10分間点検を行うというアナウンスで車内が暗くなりエアコンも止まった。隣の学生さんは意にも介さずしゃにむに弁当をつかっている。正しい。10分経つとほんとに新幹線はまた動き出した。

 

2004年8月3日(火)

8月は最初から飛ばすわけですよ。11日までは停車駅がありません。

中国で挙行されている亜細亜選手権(蹴球)を見ています。これらスタンドを埋め尽くす球迷どもには、大陸的な行儀の悪さがあります。日本チームが出場する試合での「ブウイング」は、現地で記事を書いているライターの宇都宮なにがしによれば「ひぇええええええ」という奇妙な絶叫であるといいます。その合間に彼らは日本人めがけて物を投げたり更なる悪態もつきますが、投げる物もペットボトルであったり悪態のポーズも中指立てであったりして、中国もまた地球的な経済潮流のただ中にいることを感じさせてくれます。

日本人に対する開けっぴろげな憎悪の表現は、ひとえに歴史上の出来事だけが原因ではなく徹底した教育の成果 から来るものであるようです。日本に於いては歴史上の出来事に鑑み、旧植民地の人間に対しては常に絶対的な引け目を感ずるべきであるという教育もあったようですが、それの真逆もあるものです。どうせ共産党政権がひっくり返れば「あん時おれは、悪の共産党によって間違った教育を強制されていたもんだから、心にもないことをしてしまったが選択肢はなかったんだ、わかるだろ」様なことを4分の1程度の人はなに喰った風でもなく言い出すに決まってるのですし、4分の1ってことは3億人からいるわけだ。まああまり深刻に取らないことにします。

 

2004年8月1日(日)

納豆はクリームチーズの味に似ているらしい。考へてみればソイ・チーズと云えなくもない存在です。イタリヤ式の麺類に納豆を乗せるとおいしいとも聞きますが、さもありなんです。そこでどうだ。納豆、豆腐(絹ごしがよいと思われる)を豆乳で絡め軽く葛を落とし、カリカリにあぶった油揚げを細かく刻んで乗っけるというのは。味付けは塩か醤油。これパスタにかけるんですよ。クワトロフォルマッジと云ふではないか。

それはどうかな。

 

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2004年7月31日(土)

今日も忙しかったしトラブルが大量に発生しました。一方でそれが楽しかった。マゾなのでしょうか。いや、私は自虐的な人間なんです。よって自虐史観も大好きです。よそ様に虐められるなんて真っ平御免なのであります。

帰る道すがら空を見上げると丸々とした月があり、薄雲が覆うとその縁に虹が現れました。初めて見ましたよ、夜の虹。視線を戻すと男女の二人組が道っぱたでまさぐり合っているのです。貴様たちは、貴様たちは月の奴隷だ。

 

2004年7月30日(金)

朝、強度のこむらがえりで大覚醒。昼、うどんをゆでていて鍋の縁でセルフブランディング。いていていてアチアチアチという稲川淳二的展開であります。季節労働者・稲川淳二。今日はいずこの空の下。何処にあるやら次元の狭間。よくよく見ればエクスカリパー。パーなのですよ。

出勤したあとも2週間分の忙しさがぎゅっと7時間に凝縮されたような勤務内容でした。これは驚き。

 

2004年7月28日(水)

米国民主党ではこのたび、来る大統領選挙に向け華々しく党大会をもよおしたということであります。ケリー候補応援のため、壇上綺羅星の如く名士が立ち現れては煽り演説をぶっかますのでした。ベトナム戦争の英雄たち。クリントン元大統領。クリントン元夫人。じゃなくて現在も夫人のヒラリー。聴衆の頬は上気し目は熱く潤む。決意・感動・心は一つ。このあと全裸で抱き合い号泣しながらアムゑー鍋を買わされるに違いありません。

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一方、日本の民主党前代表、菅直人はひとり山道を辿っていた。質素な菅笠、白装束に輪袈裟をかけ、一遍路に身をやつしたその姿。かつて国政にさえ触れた彼の手がいま縋るのは、ただ一本の金剛杖だけ。その足は一歩一歩…しかし札所を逆に回っていく。再生が始まるはずの地点に向かって。それは自分を見つめ直す旅であり自らを甦らせる儀式である。最後の札所が目の前だった。そこに着けば、いったい何かあるというのだろうか。

『同行二人』

直人は菅笠を取り汗を拭う。二人目の姿は見えない。周囲の緑が不意にゆらめき、直人は風と光を感じる。そうだ、俺は俺に戻る。死から甦って、ただの自分自身に戻る。何も変わらず、何も加わらない、ただこの停止した日々が終わるだけだ。そしてまた消費が始まり、流れ、去り、俺は歌い続ける、オルフェのように。人の心を昂ぶらせ、絶望をも与える歌を歌い続ける。葡萄酒に酔い痴れたトラキアの乙女たちにこの体を引き裂かれる日まで。

まばゆいリフレクションが直人を撃った。仙骨で目を覚ましたクンダリニーの青黒い蛇が脊柱に沿って七つの門を打ち砕きながら、頂へと駆け上った。頭のフタが開き、虹色の霧が噴出した。「あ〜」直人は杖を取り落とすと歓喜の表情で天を見上げ、そこへ向かって両腕を高く突き上げた。それからゆっくりと、左手に空を掴みながら耳元に当てる。どこかのアンテナが三本立っていた。

「もしもし岡田?かっちゃん?いまからかえる。ぜんぶわかったんだ。おれ、よみがえったんだ」

 

2004年7月27日(火)

ひまなんで夕方テレビをニュースに合わせのろくさ掃除などしておったのです。テレビ朝日でラッシャー板前が福井水害復旧お手伝いに行った。新潟も凄いことだったけどこっちもどえりゃー話なんですよ。絵としてはもう戦災ですよ。善意の第三者が2億円寄付したという驚異の話があったものの、被災者に分けたら一世帯あたり2万円になったそうで、2億の驚異は一瞬にしてかき消え2万で一体何が出来るのかという気持ちになってしまうわけです。無いよりはあった方がむろん良い。寄付して無駄 だったちゅうことはない。にしても災害の折りには2億円が「2億ぽっち」という寂しい単位 に変わるようです。

今まで火災にすら遭ったことのない私、大災害は正直ピンと来ない。死ぬって苦しいの?などとナイーブな瞳で想像するのが精一杯で、死ななかったのち茫漠たる荒野に投げ出されてどうなるのか、その恐ろしさはわからないのであります。自分の日常がまったく個人の手に負えないものとなってしまう。なら個人より大きいものは助けてくれるんだろうか。共同体はどれもスカスカ、横の繋がりもない東京のような所ではどうなるんだろう。社会に帰属したり、自己責任で生きたり、需要のあるところに供給があったり、欲求を満たしたりなんていうステキな日常とは、個人の関知しない所から来る厄災によって案外簡単に破綻してしまうのかもしれんです。

 

2004年7月24日(土)

今は一息入れるタイミングらしく、眠くて仕方ございません。暗赤色をしたゼリーのように重い眠気が肺まで満ちてくるような感じです。ほいでも普段がデスクワークでありますので、何となく体を動かしたく出歩いてしまうのですが。あっちこっちで猫が横たわりビクッビクッと身をふるわせている。果 たして暑いだけなのか。

CD屋に入るとグラインド祭りとかで、店の一画がアイキャッチな屍体の山ですよ。真夏の肉。液。わた。百万の死に様が広がりさわやかな風が吹いてきます。一枚買おうかと思うも、いつになく屍体に負け撤退。ほんたうに夏バテかもしれんです。というか屍体じゃないのを選べばよかったんですよ自分。

その代わりというか、近所の怪しい古道具屋で棺桶を購入だ。木製で長さ60cmぐらいです。底以外の側面 に骸骨が浮き彫りされているんですね。作りや塗りは粗雑で、元来はどっかのおみやげ品なんでしょうか。どこのだよ。

夜中にフタが開いてなんか出てきてもイヤなので、CDを詰めておきました。するとフタが閉まらん。閉まらなんだ。

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■幻聴北紀行■ CD採取状況そして得意の幻聴による感想

-NATTEFROST:Blood&Vomit('04)
fromノルウェイ。超御下劣サタニックハードコア(幻聴)ちゅう感じで、もうむちゃくちゃカッコええです。惚れました!

 

2004年7月20日(火)

「今日はあちいな」と「今日は危ないな」という体感の差。東京は39℃。つまりS並やN野の路上では確実に40℃台後半と云うことです。職場のものをいろいろ洗濯してビルの屋上で干します。青空から死をもたらす直射日光、暴力的明度の中に白骨死体の出たマンションや飛び降り自殺のあったビルも見えます。熱気を返すコンクリートの床。終末的さわやかさ。車や人が小さく大量 に行き交っており、それらが死骸の分解における最終段階で骨の間を行き交う微小動物のように思われてきます。

20時、靴なんかはいてられるか。裸足でデスクに向かう。勤務時間が長いシフトが続いていると、自宅が仮眠室に思われてきたり。

 

2004年7月19日(月) 3

怖い絵画。また映画、文学などもいろいろあるです。

怖いと云うよりグロいもの
怖いと云うより切ないもの
怖いと云うより壮絶なもの
怖いと云うより不快なもの
怖いと云うより娯楽のもの
怖いと云うより理不尽なもの
怖いと云うよりエロいもの

みんなが怖がりそうなもの

娯楽のホラーもなかなかええもんです。

20世紀初頭の米国作家にH.P.ラヴクラフトという人がおりますが、この方は自分(だけ)がたまらなく怖いものに向かって必死で驀進したと云う感じでステキです。純恐怖文学の偉い人だったかもしれません。自分(だけ)がたまらなく怖いものを懸命に見極め、本気でびびりながらせっせと小説にする。なかなか出来ることではありませんし、なぜそんなことをしたのかもわかりません。しかもそんなんだったので存命中には商業的成功を得ず激しく貧乏だったそうです。一度やはり恐怖作家の嫁が来たのでしたが、貧乏が原因で離婚したとか。離婚理由は貧乏。まじですか。切なくも恐ろしい話です。

 

2004年7月19日(月) 2

怖い絵

1
 2
  3
   4

夢に出そうです。

 

2004年7月19日(月) 1

ボックス・カーの運転手は死にました。

へたれの人生には怖いことがてんこ盛りです。
身体的恐怖。体が痛い&苦しい事柄とそれをもたらしうる物事。病気・怪我・災害・犯罪など。
社会的恐怖。生活の不安と共同体から排除されるについて。人間関係・経済基盤・社会的価値の喪失など。
こうした道を通って恐怖はやって来る可能性がある。その道はどこへ通じるかというと死か死に似た何かなんでしょうか。死は自己の喪失であり他者から見えなくなることであります。自ら知覚することで世界があるのなら、死によって世界の全ても失われるのです。

ほいだら私は「死ぬのが一番怖い」で最終答弁なんですかねえ。「最終話・結局死ぬ のが怖かった!」。あまりのナイーブさにガッカリ。

 

2004年7月17日(土) 2 

金のないやつのプライヴェート・ヴィラがびっしり並ぶ都内有数のリゾート地、S並区。おそらくクーラーの付いていないヴィラの率は高い、エコフレンドリー。ポール・マッカートニーもびっくりだ。ロシヤ軍を動員して野外コンサートを晴れにするポール。ホテルの部屋にユリが活けられているのを見て「ユリは酸素を消費しすぎなんだ」と驚愕するポール。エコベジ野郎による一党独裁を目指す階級闘争が続く。

エコベジ野郎は大いに結構なんですけど、思想の世界っていうのは尖鋭化っちゅうんですか。歩けば歩くほど狭く細く鋭いところに行って遂にエッジの先端に行き着くと。そこはもうナイフの切っ先で、切っ先というのは外の世界に突きつけられる他ない。刺されないようにするにはその小さなポイントの中に居るしかない。そいで最後にはユリに驚いて腰を抜かすような話になる。大変なんです。思想をいたすのは。

そんな、エコフレンドリーなS並区には新宿から熱風が流れ込んでくる。よって昼間はすぐ37℃になるんです。識者にいわく「現代人は夏でも汗をかく機会が少なくなった」。貴様一度S並区にいらっしゃい。いらっしゃいませんか。

 

2004年7月17日(土) 1 

ここ何日かのテレビでは、インドネシアのホテルに彷徨う「北朝鮮関係者」の、パースペクチブがいがむほどの不必要なアップを散々見たように思います。

参院選の夜サーバーから何とかインコレクトが返ってきてアップできず,そのまま忘れていた日誌が腐っていたので捨てた.どうということが書いてあったわけでもない.それとまったく関係ないが「だ」「である」的語尾に句読点を全角カンマとピリオドに変えただけで,妙に理屈っぽい雰囲気がしてこないだろうか.日本語の間をつなぐ霧のようなニュアンスが分断されて,単語の集まりが冷然と展示される標本的世界が出現したように思われてくる.「文章のみ」「事実のみ」「記録のみ」という,きわめてプロテスタント的世界であるようにも感じられる.

<大相撲名古屋場所>7日目
名古屋場所が前代未聞の「早送り場所」になった.十両以下の熱戦などで幕内の土俵入りがいつもより40分遅れ,大関戦前までの17番を異例の仕切り一度で進行する緊急事態となった.けいこ場か前相撲のようなせわしない仕切りに,関取衆も大混乱.

というニュースを見て,支度部屋にぎっしり詰まった関取衆が汗をだくだく流しながら「どうなってんだおい,正味な話」と大混乱する様子を3秒間強く想像.
なんて書いてみても全角カンマとピリオドのおかげでどうも変な気分である.

ところでシャーマン力士高見盛であるが,いい神が降りてきた時に勝つとは限らないようである.12日の神は場所中1,2回降りるかどうかのいい神だったがあっさり負けていた.シャーマンの極意は自己放棄と自己統制にあるというが、高見盛の場合少し自己放棄しすぎなんじゃないかと思うことがある.そして放棄すれば放棄するほどいい神が降りてくるかというと,これもまた別 なのである.

 

2004年7月11日(日)

大相撲名古屋場所7日目で時間が押してしまい、大関戦前までの幕内17番を仕切り一度の大急ぎ進行で乗り切ったそうであります。それを伝える記事の見出し「時間押せ押せで関取衆大混乱」を読んで、まわし姿で汗をにじませた関取衆が支度部屋にぎっしり、おたおたしながら「おいどうなってんだ?」と大混乱する様子を3秒間強く想像。

投票に行って参りました。  …哲に入れなかった!

午前1:10現在、開票率94%、神の得票数が4,000オーバーに伸びております。

 

2004年7月9日(金)

成田からインドネシヤまで7時間もかかるとは昨今のニュースで初めて知りました。ジャカルタにもバリ島にも行ったことがございません。しかし椰子の木とガムランが無いくらいで東京の私の住んでるあたりもバリ島並ですよ気温だけは。バリ島に居て何でこんなに毎日働かなくちゃいかんのかなぁ。じゃあせめて家をプライヴェートヴィラと思うことにします。これがね暑いのよ。

かつて耳にした「タモリは実在しない」説によると、タモリというのは我々の集団無意識が作り出した存在なんだそうです。ならナベツネも実在しないんじゃないか、さう思えてなりません。スポーツ新聞が毎度禍々しく書き立てるナベツネのコメント。こんなことを言う人はいるわけがない気がしてきます。タモリとナベツネでは投影されているものにかなりの違いがありますが、どちらも我々が見たいと望んだものなのです。それは誰にも望まれず生まれてきた、病理の化身なのであります。

 

2004年7月8日(木)

異質な人々は確かにおもしろいんですよ。

崑崙の神仙、ガッツ石松に関する伝説を収録した本が今日発売だそうです。タイトルは「最驚!ガッツ伝説」。「ブッシュ妄言録」「トッティ王子のちょっぴしおバカな笑い話」などの流れを思わせる出版であります。現役時代は稀に見る狡賢い拳闘士だったというガッツも今では別 の面で知られているのだ。太陽は右から昇り、挑戦者の体からはオーロラが立ちのぼる。一人ガッツのみが知覚しうる世界があるかの如しですが、オーロラはともかくとして「右から昇る」なんてのを聞くと体感で世界を捉えていく人なのかなと思ったりします。あと、ガッツさんはセキセイインコを飼っているらしいぞ。ピーちゃんって云うんだって。

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■あまぞんから品物が届いたです

-ULVER:Bergtatt('94)
-ULVER:Nattens Madrigal('96)
 先日2ndを聴いて予感が降ったので、1stと3rdを買ってみました。もの凄く凶悪な楽曲で、合間にアコースチックなステキフレーズ、また幻視的効果 音が何の違和感もなく収まっているという、謎に満ちた美しきニブルヘイムが展開しています。感動。3rdのギターの音は楽器の出す音とも思えません。この方々何者なんでしょう?このあと音楽性は変わったようですが、追って聴いてみたいです。

 

2004年7月6日(火)

本日は外を歩くと、蒸し器に入ったような感じでありましたが気温はたったの32℃と云います。気象庁の温度計が置いてある場所とアスファルト上では、ちっと暑さに齟齬がある。それにしても確かに、盛夏の風呂を泳ぐような気温と比べたら今日なんか風もあってさわやかな方です。

某所で参院選に立候補中の「唯一神」が説法していて、神の選挙カーからはウィリアム・ベネット調の絶叫が響いているのでした。「ジサァーツ!!」というシャウトに小僧じゃ出せない迫力が満ちています。説法はテープらしく、その側で神自らがビラ配りに邁進しているものの受け取れない。読んでもヌルい脊髄反射で笑うか、寒い気持ちになるか。神はたぶん発症している。発症した人の言うことは時に興味深い。笑えることもある。なぜなのか。変わってるから可笑しいのか。理解できないから嗤うのか。

※ウィリアム・ベネット…英国の暴力音楽奏者。変態テーマを絶叫し続け二十数年。去年の写 真

 

2004年7月5日(月)

欧州選手権はギリシャの優勝で終わったですよ。驚き!

一方、選挙なんであります。上田哲から「怒」の字入りで葉書が来ました。冒頭の実績にいわく、

「NHK時代、『上田プラン』で世界初のポリオ根絶。ついに来年地球根絶」

 

ついに来年地球根絶?

 

2004年7月4日(日)

いよいよ欧州蹴球選手権も今夜でファイニャル。寂しいです。寂しくなりつつ備忘録を、「あした歯医者」。ちゃんと行けよ自分。

 

2004年7月3日(土)

政権委譲されてまだ湯気ほやほやのイラク新政権により裁判に引き出されたサッダーム・フセイン元大統領。砂に堕ちた夢と書いて砂堕夢(さだむ)なわけですよ。現役時代の映像では、独裁者風にたるんだホッペでニタニタ笑っていた彼でした。そいでまあ、薔薇とワインと拷問の日々であったと。

その辺りを裁こうという法廷なのでしたが、元大統領はその後の逃亡穴蔵暮らしそして拘禁生活と、もしかしたらバカになっている可能性だってあったわけです。あるいはどうしようもなく弱々になっているか。

ところが現れたサッダームは頬が痩けて鋭い目つき。「俺はイラクの現大統領だが、君たちは誰かね」などと全力で居直り、全てを失ったけど元気だけが戻ってきた男という風情がなんだか不気味であります。拘置所の中で筋トレして、シェイプアップしてきたそうですよ。ケープ・フィアーだな、それは。きっと背中には天秤の刺青が入っていて、腕にはなぜか聖書の言葉がVengeance is mine。復讐するは我にあり、と。

 

2004年7月1日(木)

この間、脳の文章作成部門が少々出力ダウンでございます。

なんだか暑くなってきました。どうせ8月頃には「7月の暑さなんて今考えれば、可愛いもんだったな…」と光化学スモッグ警報のサイレンを聴きながら考えてるに決まってるんですが、毎度の事ながらスタートダッシュがちょとキツすぎる。それと最近、日に当たると肌の露出部分が痒くなって困ってます。紫外線に負けているのだろうか。

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■幻聴北紀行■ CD採取状況そして得意の幻聴による感想

こんなものを買ってきましたよ。

-BEHEMOTH:Zos Kia Cultus/here and beyond('02)
 fromポーランドだそうです。バンド名どおり太重いデスメタルでカッコエエです。

-NOKTURNAL MORTUM:Goat horns('98)
-NOKTURNAL MORTUM:Lunar poetry('96/'01)
 fromウクライナ。民族旋律と泣きの濃い曲にイーヴルなヴォーカル。合わせまして異端的な黒い仕上がりに。曲によっては、あと30歩ぐらいでふっるいジャパメタになりそうな気がしないでもない(幻聴)。が、なんか謎の愛おしさを感じます。このバンド好きです。

-ULVER:Kveldsjanger('95)
  fromノルウェイ。2ndアルバム。アコースティック楽器によるステキフォークソングで一枚通 され驚きつつも耽溺。遠ーくに行ってしまいそうです。3rdアルバムをしばらく探して行き当たらずでしたが、これを聴いていたら猛烈に予感がしたので、あまぞんに頼ってでもどうでも3rdを入手したく思います。これの次には一体何が?

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