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ソ連国歌カラオケ |
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★ソ連の国歌といえば、1944〜1993の間歌われていたアレクサンドロフ作曲の国歌じゃないでしょうか。ロシヤ的な「泣き」が入りつつも力強く劇的な、名曲です。そして現在のロシヤ国歌から放逐された「レーニン」「共産主義」などのNGワードがガンガン入った強力な詩。旧ソ連の栄光と隆盛の思い出が詰まった曲であります。 ソ連解体後に一度は捨てられながらも「やっぱりあの曲が燃える」という理由なのかどうなのか歌詞だけ変えて復活、現在のロシヤ国歌になっています。 時代を写す一つのなつメロとして、そんな曲をソ連時代の歌詞で歌ってみないか!という傍若な企画です。付属のカタカナは私が聞きおこしたものなので疑惑度60%超。つまり「そう聞こえちゃったソ連国歌」であり、メロディーに合わせてこのまま読むとそれっぽくなるのではと希望を胸に雲隠れです。思いっきり歌って細々とノスタルジーに浸ってみましょう。
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[和訳]自由な共和国の破りがたい連合、偉大なロシアは永遠に溶接された ※コーラス 嵐をとおして、自由の日光がわれらをはげます、偉大なレーニンがみちびいた新しい道にそって。 ※コーラス 終わることなき共産主義の勝利の中に、われらは祖国の未来を見る。 ※コーラス ★ソ連 - ロシヤ国歌の変遷
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ソ連のいた日々 |
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20世紀にあって今はない最大のもの、それはソ連かもしれない。 米国によれば2001年9月11日以降世界は二つに分かれたのでしたが、私が子どものころも真っ二つでした。今の世界は「テロリストvs反テロ同盟」、昔は「東側vs西側」。世界は悪の軍団vs米国と仲間たちなんだ、と訴えたい点は変わらない。そういうことで往時も西側・資本主義世界のリーダー米国は、東側・共産主義世界のリーダーソ連と対決していました。西側は自由主義社会とも言われ、ならば東側は不自由主義で市民を圧迫する悪の帝国なのでした。 現在の反テロ同盟はテロリストに対し直接攻撃をためらわない。東vs西の対決はそうもいきませんでした。リーダーの両国は強大な軍事力と影響力を持ち、子分の国を世界中に従えています。米ソの間に戦争が起きれば、子分も参加して忽ち世界大戦。核兵器の応酬となれば共倒れどころか人類絶滅。それはお互い望むところではありません。 そういうわけで東西は直接対決の「熱い戦争」は避けて、陰険な「冷たい戦争」を常に行いました。 ------------------------------------ 謎と恐怖のソ連子どもの私はそんなあれこれを知るわけもなく、ただ何となくソ連を怖く思っているばかりでありました。ソ連とはどんな国なのか。どうやら悪の軍団らしい。ソ連の顔は書記長ブレジネフであり、それは永久凍土のごとき仏頂面 でした。何かと閉鎖的なソ連を揶揄した「鉄のカーテン」という形容を聞けば世界地図でソ連の周りをおおう鉄色のオーロラを想像しました。首都モスクワにある広場の名前は、その名も赤の広場。 脇には異常な極彩色の城のようなものも建っています。それらから発する違和感というエキゾチシズムさえ何故か不安を巻き起こしました。わからないものは怖いのです。 そしてある日…資料によるとそれは1982年11月10日のはずです。緊迫感があり、こういうニュースが流れました。「ソ連のラジオが通 常番組を取りやめて、荘厳なクラシック音楽を流しているもようです」公式発表はないが、それはブレジネフが死んだということを現しているのではないかと。私はそれを聞いてふるえが来ました。これはどういう国なのかと。重く暗い音楽が延々と流れてくるラジオ放送を想像して、昏倒しそうでした。ブレジネフの葬儀では夫人らしき人が現れ、ブレジネフは結婚していたということが初めて公に確認されたというのもすごい話です。謎と恐怖、そして意味不明の国家、ソ連でなのでした。
変貌するソ連他方こんなこともありました。つくば科学万博('85年)でひときわ大きなソ連館に入った私は、最先端医療の展示などを見て瞠目したのであります。ソ連には凄いところもある。ソ連が「ロシヤ」と呼ばれるとき、そのイメージはさらに変化しました。ロシヤ料理、ロシヤ民謡などはふつうに好ましい。酒の好きなロシヤ人。ペチカ、トロイカ、バラライカ。ボルシチ、ピロシキ、マトリョーシカ。それはブレジネフの国の文化なのです。 ロシヤはソ連であるというギャップは埋まらぬまま、興味が恐怖を圧倒することも時にありました。 つくば万博の頃のソ連は大変だったようです。ブレジネフの死後、跡をついだアンドロポフ(永久凍土)はすぐ死亡、その次のチェルネンコ(永久凍土)も万博の開催直前に死んでしまいます。更に二度「荘厳なクラシック音楽」が流れたんでしょう。そして新たに任命された書記長は、異例に若いミハイル・ゴルバチョフでありました。 ゴルバチョフは目新しい概念を大胆に持ち込みました。仏頂面と永久凍土の時代は終わった!とは言いませんでしたが、ペレストロイカとグラスノスチ、すなわち改革と情報公開がキーワードでした。にこやかで開放的なイメージのゴルバチョフは西側に受け、ゴルビーと愛称で呼ばれるように。トップの肩書きも書記長から大統領に変更、ライサ夫人も快活なファーストレディーとして人々の前に現れます。ソ連はわかりやすくなってきました。何にしろソ連が変わるのは良いことのような気がしていました。
終わるソ連輝かしく新しい時代が来たかのようでしたが、続いてゴルバチョフと対決する立場のエリツィンが大統領に就任すると、あらゆる病巣が吹き出たかのような混迷の事態が始まりました。エリツィンは反動勢力のクーデターを鎮圧すると威勢良く戦車に乗っかって現れ、国民に受けたものの無策の人であったようです。何にしろ、ひとつ重大な仕事を成し遂げました。 1991年11月、ソビエト連邦解体。 共産党の一党独裁はなくなった。テレビではそこら中の都市でレーニン像が破壊され、足元から倒れてはげ頭を激しく打つ光景。 レニングラードやスターリングラードといった街の名前も変わった。ソ連だけでなく堅い結束を誇っていたはずの東側世界そのものが、古い家のように崩壊して冷戦の構図がなくなってしまったのです。もう子どもではなかった私は、かつての不安増幅装置の終焉を見て何とも言えない気分になるのでした。 いま、ロシヤの大統領は再び永久凍土顔の、青くないデスラーことプーチンなのです。愛国のスパイにあこがれてKGBに入ったら瞬く間にソ連が無くなったという経歴の持ち主ですが、もはや特に気になりません。再び世界が二分されてみるとロシヤは「我々の側」に入っているわけです。 今やインターネットを通じてクレムリンを覗くことすら出来ます。冗談であれ、こういうページを作っても警察が訪ねてきたりはしません(と思う)。 そうしてみると、ソ連がいた時代を何となく懐かしむことはあっても、ソ連がいた時代の状態が懐かしいわけではないんだなと、ややこしく納得したりするのです。 ■関連リンク |
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