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ソ連国歌カラオケ ★ソ連の大宇宙開発 リンク ロシヤハラショー ▲表紙 |
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ソ連の大宇宙開発 |
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ロシヤでは早くからロケット推進のアイデアが生まれ、ソ連時代に様々な形で結実いたしました。世界初の人工衛星&有人宇宙船。惑星探査や宇宙ステーションもけっこうやりました(漠然とした紹介)。そんな実績の数々は、高度な軍事技術を暗示して「西側」各国の脅威ともなっておったのです。 ソ連はいろんなものを隠したのです。宇宙開発に関してもどんな計画が、どういう技術で、どういう人が進めているのかなどの情報が少なかった。ソ連崩壊後になって初めて知られるようになった開発者や失敗計画もあるちゅうことです。 ということで、宇宙に残るソ連の足跡を眺めてみることにします。が、わたくし、物理のブの字も判らんのです。よって物理学的・ロケット工学的要素は自動的にヌキで…申し訳ないです。 |
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赤い宇宙史ソ連はこんなにも宇宙にアツかった。主な業績をざっと見てください。グレーの字で書かれている部分が西側諸国でのできごとです。 [無]は無人[有]は有人[生]は人間以外の生物入り飛行(犬、亀、昆虫、植物、微生物が入れられていたりした)を表します。?マークは私が資料を発見していないのでわからないものです。 文中▼を押すとより詳しい逸話▼(注:せこい)の紹介を見ることが出来ます。飛び先で「戻る」を押すと年表の元のところに帰ります。ではどうぞ。 |
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'40年代 '50年代 1957:R-7ミサイル発射試験成功。政府は科学衛星開発計画を承認 1958:スプートニク3号打ち上げ[無] 1959:ルナ1号、地球周回軌道を離脱して初の「人工惑星」に[無] '60年代 1962:ヴォストーク3号と4号、軌道上で編隊飛行(8月)[有] 1963:初の女性宇宙飛行士テレシコワが、ヴォストーク6号で地球を周回[有]▼ 1964:三人乗り宇宙船、ヴォスホート1号が地球を周回[有]▼ 1965:二人乗りヴォスホート2号でレオーノフが史上初の宇宙遊泳[有] 1967:ソユーズ1号の帰還時に事故。乗員が死亡[有]▼ 1968:ゾンド4号と5号、月を周回[生] 1969:N1月ロケット打ち上げ失敗[無](2/21)▼ '70年代 1971:宇宙ステーション、サリュート1号を打ち上げ[無]▼
1972[米]:アポロ17号、月面探査。アポロ計画終了 1973:ルナ21号、ルノホート2号で月面探査[無] 1973[米]:無人探査機パイオニア10号、木星に接近 1975:ソ連のソユーズとアメリカのアポロがドッキング、両国の飛行士が交流[有] 1976:政府、エネルギヤ・ブランの開発を承認▼ 1978:無人補給船プログレス、初の打ち上げ[無] 1979[インド]:SLVで衛星「ローヒニー」打ち上げ '80年代 1986:宇宙ステーション・ミールのコア・モジュール打ち上げ[無] 1987:ミールに天体観測モジュール・クヴァント1がドッキング[無] 1988:ソ連製シャトル、ブランが宇宙を試験飛行[無] 1989:ミールに科学モジュール・クヴァント2がドッキング[無] '90年代 1991:ソヴィエト連邦解体 |
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宇宙のファンタジー |
極北ビズネスミール観光 最末期のソ連からスタートした宇宙への商業飛行。夢の宇宙旅行がソ連から始まったというのは面 白いですね。ばく大過ぎる費用と一般人を宇宙船に乗せるリスクは、かける天秤も見当たらないほど無理そのものに思われます。まさに極北のビズネス。しかしそんなことを歯牙にもかけない冒険者は次々と現れました。しかも日本から!
おじさん初宇宙へ -フライトデータ 日本人で初めて宇宙空間に出た人、秋山豊寛さん48歳(当時)です。1990年12月、社命によりミールに出張。「宇宙特派員」の肩書きでした。軌道に乗って第一声「これ本番ですかぁ」はあまりに有名(か?)。 秋山さんはもう一人の特派員候補生・菊池涼子氏と共に星の街で訓練を積み、飛行士に抜擢。ミールには6日間滞在して、生中継で地球やミール内部の映像を送信するなど報道活動を行いました(私も見た)。宇宙飛行士の交代に同乗させてもらうという形で、帰りは先にミールに滞在していた飛行士2名と共に、彼らが乗ってきた宇宙船で地球に帰還。「日本人初の宇宙飛行」「ジャーナリスト初の宇宙飛行士」「おじさんが宇宙へ」といった夢だらけのキャッチコピーを背負い、企画的初物として宇宙へ飛んだ方と言えます。 当時NASAでは日本人初のスペースシャトル乗組員となるべく毛利衛氏が訓練中だったため、かつては米ソが抜きつ抜かれつの競争をくり広げたとはいえ、NASAの同胞を差し置いてソ連から飛んじゃうってどうよ?それはやっちゃいかんだろTBS。と非難の声もありました。ご本人も地上でのTBSによる報道には大変不満だったということです。「日本人宇宙飛行士第一号」としては認められず、宇宙観光客第一号も公的には別 の人という実に微妙な立場なんですけど、せめて宇宙に行ったおじさん第一号として、いつまでも忘れずにいたい人なのでした。 ソ連はTBSからかなりむしったようですが、甲斐なく翌年崩壊。TBSの力ではソ連は存続しえなかったということですね。そんなまとめか。
ガチャピンミッション フライトデータ ソ連もとっくに崩壊した1998年、ガチャピンの宇宙飛行が決定しました。目的は宇宙から地球環境の調査と保護を訴えること。ガチャピンは8月13日、ソユーズTM-28(コールサインは『アルタイル』。しかし以下ガチャピン号とする)に搭乗してバイコヌール基地から打ち上げられ、15日にミールのクヴァント1ドッキングポートに到着。無事ミールに移乗を果 たしたそうです。 終わり。 終わりじゃないだろ。最末期のミールを嵐のように襲った、この時代の徒花のような出来事。思い出すたびに私はロシヤ・ガチャピン・フジテレビの3者に驚愕の思いを禁じ得ません。そして以下は全て推測です。 [放送されなかった番組] [中の人] そんなことはさておき、これらロシヤ人クルーのうち誰がガチャピンに入る予定だったのか。私はアブデーエフじゃないかと思います。パダルカは船長だし、バトゥーリンは、実はエリツィン政権で大統領顧問をつとめたという異色な経歴の持ち主。当時「なぜ元高官が宇宙に行くのか」と話題だった、ある意味ガチャピン以上にあやしい乗組員です。そんな方にガチャピンをやれとはとても頼めません。消去法でアブデーエフ。だからどうしたよ! [ガチャピンの帰還] そんなことはともかく、宇宙に物を運ぶのにはばく大な費用がかかると言いますね。片道と往復、やっぱり往復の方が高いのか?それに帰りは小さな帰還カプセルに入るんでしょ。4人目もともかく、4人目に匹敵するくらいの大きな荷物は積めないような気がします。じゃあ、ガチャピンはミールに置き去り? ここでミールにおける要らない物の発生とその処理方法を見てみることにします。そこにプログレスという無人補給船が出てきます。プログレスは地上からの補給物資を届けた後ゴミの回収を行い、最後は大気圏に投棄され燃え尽きる役割。中身はゴミなので着陸の必要はありません。さあ、当時のプログレス飛行状況はどうだらうか。 ◇プログレスM-39 1998年5月16日ミール着 1998年10月29日軌道離脱 もしかしてこれにガチャピンが…。一方でガチャピンの帰還日8月20日説というのもあります。それが証拠に翌21日にはイベントに出てたって…。 ミールの後 ミール後のロシヤ連邦は国際宇宙ステーション(ISS)に参加していますが、ソ連後期から続く財政難で資金に苦労しているといいます。ということで、引き続き観光事業は続行中。2001年4月にはアメリカ人のデニス・ティトー氏、2002年には南アフリカ人のマーク・シャトルワース氏がそれぞれISSを訪問しています。出来るもんなら行ってみたい宇宙旅行ですが今の所その費用は20億円以上。ドリームジャンボに20回あたってもとても行かれません。上記2名の観光客はタイフーン級の大金持ち様なんだそうで、散財の仕方としては実に正しいと思います。 ロシヤは他国の衛星を有料で打ち上げるという事業にも力を入れています。宇宙からロシヤがいなくなるとさびしいので、ガッチリ稼いで沢山ロケットを飛ばしていただきたいものです。
■関連リンク |
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物理学不遇者の恥コーナー |
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私と同じく物理が不遇でお困りの方へ。もっと楽しくロケットの話を読めるように、ロケットの飛ぶ理屈を学習というかちょっとだけ覗いてみましょうヨという趣旨です。ああ恥づかしいよ。 まず、ロケットで宇宙に行くためには、パワーとスピードが必要。これは感覚として理解できます、宇宙は遠いし。ツィオルコフスキーの式もどういう条件でロケットは速く飛ぶことが出来るのかを表したものと言えます。では他にどんな要素がロケット開発に必要なんだらうか。 ------- 「質量比」…沢山燃料を積め 質量比=推進剤(燃料)を積んだときのロケットの重さ(A)÷空の時のロケットの重さ(B) AがBに比べより大きいほど、質量比の値は大きくなりますね。この値が大きいほど燃料を沢山積めるということが、なるほどわかります。燃料が沢山ということは、パワーもスピードもより沢山だし、遠くまで行けそうです。つまり宇宙に行くためには質量
比の高い機体を作るべしなんです。
「推力」…激しく地面を押す工夫 推力=毎秒噴射されるガスの量×ガスの噴射速度(〜トンで表される) 宇宙船を積み、大量の燃料を充填したロケットは半端なく重い!激烈に地面を推さないと、重力に逆らって飛び上がることが出来ない!そして推す力を増すためには燃料を燃やしたガスをとにかく大量 に、そしてスピーディに噴射することが大事。ガスをバンバン出してくれる、すっごく良く燃える燃料も必要なようです。ロケットの噴射ノズルを見るとギザギザが切ってありますが、あれも表面 積を大きくして少しでも多くガスを噴射するためなんだそうです。
「比推力」…すっごく良く燃える燃料 比推力=推力÷1秒間に消費される燃料(推進剤)の質量
(〜秒で表される) 正直なんだこりゃ。気を取り直して比推力の値が高くなる条件を考えてみよう。例えば推力がものすごく大きいのに、燃料をちょっとしか使わない場合がそうですね。つまり燃費がいいって事かな。ほんのちょっとで大パワーってことですよね。なるほどそれは素晴らしいに決まってます、了解しました。具体的にはどんなものかというと、ソユーズロケットはケロシンという灯油の類、日本のH2Aは液体水素が燃料。これプラス酸化剤(液体酸素など)でもう大噴射なわけですよ。酸化剤があれば空気のない宇宙でも安心ですね。これで幸せです。しかし灯油で飛んでるのか…。 ------- こうしてみてみると物理学とはこの世の仕組みを定式化し、そこからもう一度世界に働きかける行動であると言えるのかもしれません。まてよ、これって本当に物理だったのかな?アヒー。まぁともかく、サイエンスの類ということで。「同じ大きさなら竹筒ロケットよりペットボトルロケットが良く飛ぶよ」「たぶん軽くて燃料がいっぱい入るからじゃないか」な個人の経験的体感も、質量 比の概念一発で世界の定説になるところがおもしろいというか。中学高校でちゃんと勉強しておけばよがったなぁ。 ツィオルコフスキーはクラスターロケットや多段式ロケットのアイデアも持っていたそうですが、そんなアイデアが思いつけたのもロケットが飛ぶ理屈をわかっていたからだと。ここに空想とサイエンスの違いが直感的に一瞬だけ見えた気持ちなのです。相変わらず自分には空想しかないところが寂しいんですけども。ツィオルコフスキーは偉かった。いやマジで。 |
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